BMW Motorradの90年の歴史-伝統と革新

BMW Motorradの成功の歴史は、約90年前に開発された水平対向2気筒エンジン、通称ボクサーエンジンに始まり、今日における革新的な最先端技術に至ります。 

ここにすべてのBMW Motorradモデルをご紹介するとともに、数々の写真、宣伝用パンフレット、オーナーズマニュアルおよびBMW Motorradを扱った記事などを集めたBMW グループアーカイブをご案内します。BMW グループアーカイブでは、オーナーおよびBMWクラシックモーターサイクルファン向けの一連の製品やサービスもご紹介しています。

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GSの30年

祝30周年!

BMW MotorradがR 80 G/Sを初めて世に送り出したとき、新しい市場を創出しただけでなく、まったく新しいライススタイルも創出しました。

R 80 G/Sは世界初エンデューロレースモデルであり、性能および走る歓びの両面で新たな基準となりました。現在は、BMW Motorrad R 1200 GSがその伝統を引き継いでいます。

BMW Motorrad GSがこれからの30年も過酷な道を切り抜けていくことを願っています!

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BMW エンデューロレースモデルの歴史

1978-80年:初代エンデューロレースモデルへの道

BMW GSのルーツはオフロードレースにあります。1970年代の終わりにBMW Motorradは、かの有名なインターナショナル・シックスデイズ・エンデューロやヨーロッパのオフロードレース大会のような国際イベントに参加しました。この間、BMW Motorradのエンジニアやメカニックたちの中には独自モデルを開発し、これらでオフロードレースに参戦した人たちもいました。これらのレース用車両をベースに公式の開発契約がないまま、オンロードでもオフロードでも高いクオリティーを提供するプロトタイプが完成しています。このプロトタイプがあまりに優秀であったため、BMW Motorrad GmbHの経営陣が即座にプロジェクトの支援を決定。BMWは21ヶ月もたたないうちに、その結果を公表することができました。

1980-87年:新たなカテゴリー

1980年9月1日、BMWはR 80 G/Sを発表し、モーターサイクル史上初となるオールラウンダーが誕生。R 80 G/Sは高速道路、田舎道、競技場や原野など、どのような路面、どのような状況下であってもコントロールしやすく、長距離走行においてもライダーにすぐれた快適性をもたらすバイクです。G/Sは決して妥協ではないオフロードバイクとツーリングバイクの完璧な統合であり、快適な大型エンデューロモデルという、まったく新しい市場を創出しました。技術面のハイライトは、モノレバーと名付けられた後輪ガイダンスシステム。これによりBMWは、高性能モーターサイクルにおける初の片持ちスイングアームの大量生産をスタートすることができました。

1987-96年:第二世代

エンデューロに初めて完全な変更が加えられた1987年。新型R 100 GSのエンジン排気量は1リットルになりました。これは、BMW GSが市場においてまたしても、最大にして最強、最速のエンデューロモデルになったことを意味します。後輪にBMWパラレバー、つまりトルクストラット付き片持ちスイングアームがあることで、でこぼこ道はより走りやすく、またアスファルトで舗装された道も、かつてない快適さを保障するものとなっています。1990年、GSは10周年を迎えました。第二世代ではBMW MotorradはGSの歴史を引き継ぎ、生産時期の最後に生産されたスペシャルモデルであるR 100 GS PD およびR 80 GS Basicはコレクター好みのバイクとなりました。

1994-2003年:初代の4バルブエンジン搭載GS

1994年に初登場したR 1100 GSは、その前年に発売された4バルブエンジンを搭載した最初のEnduroです。BMWはこの衝撃的なバイクの登場により、エンデューロの基準であり続けるとともに、多くの国で新しく登録されたモーターサイクルの年間統計の中でも頂点を極めました。革新的なサスペンションと力強いハイトルクのエンジンが合わさったことで、R 1100 GSはオフロードにおける走りやすさとすばらしいツーリング性能を実現。続くR 1150 GSは1999年に発表。長距離ライダーのニーズに合わせて設計し、BMW Motorradエンデューロモデルのさらなる成功をもたらしました。2002年にディーラーに登場したBMW Motorrad R 1150 GS Adventureも同様です。

単気筒エンジン搭載GS

ファンデューロモデルF 650とF 650 GSの大成功に続き、BMW Motorradは2000年に単気筒モータサイクルの改良モデルを発表。BMW Motorrad F 650 GSおよびF 650 GS Dakarは、エンデューロのお馴染みの走りを新しい客層に提供しました。BMW Motorradの中で最軽量のこのモデルは水冷式単気筒ユニットを搭載したことで、十分なパワーを発揮し、日常的な利用とともにツーリングに対しても理想的なモーターサイクル、つまり典型的なBMW Motorrad GSになったのです。それだけではなく、1999年および2000年のダカールラリーでの勝利が示したように、この「小さな」GSは勝者としての遺伝子も受け継いでいました。

BMW Motorrad R 1200 GS

次世代のBMW Motorrad GSは、2004年に発表。エンジン排気量はより大きくなり、パワーとトルクも大きくなりました。

一方、重量は劇的な軽量化を遂げ、R 1200 GSは先行モデルよりも30kg程度軽くなりました。これは、あらゆるロードにおいて、さらにダイナミックなパフォーマンスが可能になったことを意味します。2005年には、世界を旅するライダーを対象としたBMW Motorrad R 1200 GS Adventureを発表。2008年から販売のESA(電子制御サスペンション)を装備すると、走行中にサスペンションを調整することができ、どのような道も柔軟に対応するなど、R 1200 GSは発表以来、あらゆる側面で磨きをかけ続けています。

BMWパラレルツインエンジン搭載エンデューロモデル

2008年、BMW Motorradは完全新しく開発された2つのエンデューロモデル、F 800 GSとF 650 GSを発表しました。これらはF 650 GS単気筒エンジン搭載バイクの後継車種です。この2つの新モデルは、F 800 SとF 800 STでお馴染みの水冷式並列2気筒エンジンでチェーン駆動。アスファルト、砂利道、完全なオフロードのいずれにおいても、純粋なBMW Motorradエンデューロの走りを可能にしました。

優れた操作性だけでなく、長距離走行における快適性によってエンデューロユーザーを魅了。このふたつのモデルは販売当初から、登録ランキング上位を独占しました。

 

 

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BMW Motorradとオフロードレースの80年間

BMWオフロードレースの始まり

1923年のベルリンオートサロンの公式プレミアよりもさらに前、BMWモーターサイクルは既にオフロードレースのスタートラインに並んでいました。チーフデザイナーのマックス・フリッツは、彼自身が開発したBMW R 32に乗って、「ライドスルーザマウンテンズオブバーバリア(バイエルン山岳レース)」に参戦し、ペナルティーなくゴールしています。最初の国際的な大勝利は、BMWのエンジニアであるルドルフ・シュライヒャーにより勝ち取り、1926年に開催されたイギリスの有名なインターナショナル・シックスデイズ・エンデューロで彼はスタンダードのR 37に乗り、プライベートライダーとして金メダルも勝ち取りました。イギリスメディアの賞賛は最高潮に達し、「大会全体の中で最も興味をそそられるマシンは間違いなくドイツのBMWだ!」と絶賛。青と白のシンボルカラーをもつこのブランドが、国際的な地位を確立したのです。

国際的な成功へ

1930年代、BMWはインターナショナル・シックスデイズ・エンデューロ(ISDE)大会のためのドイツナショナルチームに、オフロードレーサーを対象とした非公式のヨーロッパ選手権を用意。1933年、ウェールズで世界記録保持者であるライダーのエルンスト・ヘンネが、ジョセフ・ステルザーとサイドカーコンビのヨセフ・ヨウルマイヤー/ルードビック・クラウスとともに、33馬力フラットツインR 16を駆り、ドイツチーム史上初めて優勝しました。チームは1934年に大会を連覇し、さらに1935年にはBMWを駆るドイツチームが、今度は伝説的なBMWコンプレッサーモデルに乗って優勝。その当時、オフロードレースは革新技術を試すために用いられていました。例えば、最初のテレスコピックフォークや最初のBMW後輪サスペンションは、大量生産モデルに採用する前にISDE大会の中で洗礼を受けたのです。

ビッグネームとともに再出発

第二次世界大戦後、1950年代に入るまえにBMWはオフロードレースにふたたびかかわりました。ゲオルク・マイヤー、ハンス・マイヤー、ウォルター・ツェラー、ラディック・クラウス/ベルンハルト・フーバーのペア、マックス・クランケルメイヤー/ヘルマン・ウォルツのペアは、既にロードレース大会を体験しておりましたが、アスファルト舗装された道以外での大会で、自分たちを試すことを恐れない最初の世代のBMWライダーでした。これらの伝説的な名前は国内および国際大会において、250cc単気筒モデルおよび500/600ccフラットツイン「ボクサー」の両モデルに乗って、数え切れないほどのメダルを勝ち取っています。オフロードレースでの成功をもって、BMWはスポーティなブランドとしての評判を高めることができました。

ファンとミステリーモデル

BMWが1950年代半ばに正式にレースチームを解散したとき、ライダーの間では世代交代がありました。セバスチャン・ナハトマン、カート・トウェスマン、およびサイドカーチームライダーのカール・イブシェーらのような若い有望なライダーが、1960年代にいくつかの国内レースで優勝を飾っています。1963年にはBMWの協議車両には新しいシャーシが与えられ、それらは1969年の量産モデルである/5となりました。長い期間、それもこれほどオープンな状態のまま、レースの舞台で公表されることは異例であり、レースの中でこれほどの長期にわたって新しいシャーシが試行されることも異例でした。1970年から1972年にかけてはヘルベルト・シックがBMWの代表としてドイツ大会3連覇を果たしましたが、、それ以降は2ストロークバイクが舞台を独占。BMWのオフロードライダーにとって最後のタイトルとなりました。

もう一つのBMWワークスレーシングチーム

ドイツ大会のルール変更後(750cc以上の新しい階級の導入)、オフロードレースは再び4ストロークバイクの舞台となりました。BMWテスト部門のラズロ・ペレスは、自ら軽量構造に取り組み、すぐにドイツ大会で2位を獲得。これはBMWにとって、さらなるレース参戦へのスタートとなり、長い休止期間の後、BMWワークスレースチームは1979年に再び成功を収め始めます。まず、リヒャルト・シャルバーがドイツ大会で優勝、ヨーロッパ大会では3位に入賞。翌年、ウェルナー・シュッツがドイツ大会で優勝し、ロルフ・ウィットホフトはヨーロッパ大会にBMW代表として優勝を飾っています。これらのレースでの偉業は、その年の9月に発表されたBMW R 80 G/Sにとって最高の宣伝となりました。

砂漠での成功

1980年代、BMWのオフロードレーサーたちの舞台は砂漠へ。きっかけは、1979年に初開催された世界で一番過酷なラリーである「パリ-ダカールラリー」でした。1981年、フランス人ユーベル・オリオールがBMWに初優勝をもたらし、1983年にも再度優勝。1984年および85年には、ガストン・ライエがBMW代表として優勝しました。しかし、BMWが成功を収めたのはパリ・ダカだけでなく、ファラオラリーやババ・カリフォルニアレースなどでの勝利があります。1987年をもって、BMWは企業としてのレース参戦を終了しましたが、個人ライダーはメディアの注目を浴び続けました。例えば、1988年のパリ・ダカにおいてBMWの量産間近のモーターサイクルで走行して:ほぼ量産車状態で連続優勝。1992年には、BMWのエンジニアであるユタ・クラインシュミットがこの大会の女性部門で優勝しました。

返り咲き

10年の休止期間を経てBMW Motorradは1998年、ワークスチームでラリースポーツに再び参戦。今度はF 650を基盤とした単気筒モデルを使用。そして参戦の焦点は再び、「ダカールラリー」でした。最初の年は涙を呑んだBMWでしたが、フランス人リシャール・サンク が1999年、この大会でのBMWの5度目の優勝を勝ち取っています。2000年には、BMWが上位4位までを占めるという最大の勝利が続きました。優勝したのはまたもリシャール・サンクであり、ともに単気筒モデルに乗ったオスカー・ガヤルドとジャン・ブリュシーが2位と4位に、その間の3位にはBMW R 900 RR フラットツインマシンに乗ったジミー・ルイスが見事に入賞。BMW Motorradは2001年にラリーへの企業としての参戦は終了し、再びボクサーカップでのロードレースに集中することになりました。しかし、BMW Motorradはオフロードとのかかわりを完全になくしたわけではなく、2005年HP2 Enduroで復活。この量産されたオフロードボクサーは、2008年までにドイツ、オーストリア、イタリアで開催されたクロスカントリーシリーズのようなオフロードレースに参戦し続けたのです。

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1920年~現代までの軌跡

1920年から1950年までのBMW:初期のサクセスストーリー

水平対向2気筒、ボクサーエンジンとシャフトドライブは、いつからBMWモーターサイクルの象徴となったのでしょう?BMW初代モデルの発売、最初の油圧式テレスコピックフォーク、1920年代最速のモーターサイクルなど、伝説的なBMWモーターサイクルについて知る価値のあることは、すべて最初の数十年間の中に見出すことができます。1945年以降の厳しい状況に悩まされた生産についての物語を読むと、高度経済成長期にどのモデルがベストセラーになったのかがわかります。

1960年から現在までのBMW:成功の継続

後半の数十年、BMWモデルは大型化、高出力化、そして高速化を遂げていきます。エンデューロモデルやKシリーズ誕生の秘話を読んでみませんか。モーターサイクルに搭載された最初のABSについてもすべて知ることができます。Fシリーズやクルーザーはどのようにして誕生したのでしょう?未来につながる道を示す、新しいBMW C1も発見してください。

■1920年代

1917年:マックス・フリッツはBMWフラットツイン「ボクサー」エンジンの父です。

1917年1月2日、BMW Motorradは最初の推進力を得ました。この日、当時33歳のエンジニア、マックス・フリッツがBMWに就職したのです。このシュヴァーベン地方出身の青年は、パウル・ダイムラーを上司としてシュトゥットガルトで働いていましたが、仕事を辞めたばかりでした。実は、これはBMWにとって非常に幸運な出来事。というのも、1919年6月28日にベルサイユ条約によって航空機および航空機用エンジンの製造が禁止されたため、BMWの存在は不安定な足場の上に立っていたようなものです。マックス・フリッツは、まもなくBMWでチーフデザイナーになり、モーターサイクルに全精力を注ぎました。1922年12月、フリッツは注文が入って4週間もたたないうちに、既にデザインボードに描かれていた最初のBMWモーターサイクルの実寸大を組み立てました。その柱になったのは水平対向2気筒、ボクサーエンジンという新しい走行概念でした。

BMWモーターサイクルの基本的原理

頭脳明晰なシュヴァーベン地方出身のマックス・フリッツは、既に知られていた既存のコンポーネントを組み合わせ、調和のとれた新しいモーターサイクルの概念を作り上げました。水平対向2気筒、ボクサーエンジンのシリンダーは、他の製造者のエンジンのようにもはや縦向きの配置ではなく、トラベル方向に対して横向きに配置。この方式で、フリッツは均等にエンジンを冷やすという問題に対する、精巧かつ単純な解決策を発見しました。

ギアボックスはエンジンに直接接続し、縦向きに取り付けられたクランクシャフトで直接操作します。最初のBMWモデルは通常のチェーン駆動ではなく、シャフト駆動で後輪に直接エンジン動力を伝達していました。BMWボクサーエンジンの根本的な概念を構成するこの3つの要素は、その後85年間にわたって有効であることを証明し、現在のボクサーシリーズにも採用しています。

1923年9月28日:R 32の発表

R 32はベルリン自動車ショーのワールドプレミアで、一大騒動を巻き起こしました。第一次世界大戦終戦までBayerische Motoren Werke(BMW)では、航空機、トラック、そして船舶用エンジンしか製造されていません。1920年、最初の水平対向2気筒、ボクサーエンジンが製造されると、ドイツのあらゆるモーターサイクルメーカーがこのエンジンを採用。R 32によってBMWは自動車開発(1928年)よりも前に、車両製造への移行に成功しました。こうして、BMWモーターサイクルの歴史が始まり、それから85年以上も続いています。排気量490cc、8.5馬力のR 32は、重量120kgでありながら、速度90km/h以上を達成。重心が低いため、非常に安全なハンドリングが可能です。メンテナンスが簡単なことと信頼性の高さが相まって、このバイクは瞬く間に評判を呼び、価格は2,200ライクスマルクと他の競合モデルよりも高価でありながら、1926年までにR32の販売台数は3,000台を超えました。

1925年:レースへの扉を開いたR 37

BMWボクサーエンジンの概念を高い品質で実現することができたのは、BMWが航空機製造からモーターサイクル生産に転用した強靭でパワフルな技術によるものです。まもなく、BMWボクサーエンジンは、材料や技術に対して最も厳しい要求を常に突きつけられるプロレース用に最適化された基本モデルへと発展してゆきます。R 32の標準馬力、8馬力はいくらか増加しました。ルドルフ・シュライヒャーは彼自身も活動的なモーターサイクルレーサーであり、1923年からエンジニアとしてBMWで働いていたため、プロジェクトの責任者に就任。シュライヒャーは、サスペンションバルブが付いた軽量合金製シリンダーヘッドを新しく取り付けたスチール製シリンダーを設計しました。1925年モデルのR 37はそれまでのモデルに比べ、500ccmで16馬力と2倍のパワーを達成。R 37は、BMWレーシングマシンの基本となりました。それと同時に、R 37によってオフロードレースやレーストラックにおいてだけでなく、モーターサイクル業界全体でBMWブランドが確立。その結果、ドイツ選手権の500ccクラスでは1924年から1929年にかけて、すべてBMWが優勝しました。

1929年:世界最速のモーターサイクル

世界最速のモーターサイクルの基本的な設計は、いまだに1929年に絶対速度記録を打ち破るために設計されたシュライヒャーのモデルにあります。コンプレッサーによるエンジンの過給など、いくつかの技術的な改良を経て、ついに、1929年9月19日、世界で初めてその時を迎えました。エルンスト・ヘンネが、ミュンヘン北部、インゴルシュタットのラントシュトラーセで216km/hの速度を記録し、それによって当時の世界記録を10km/h上回ったのです。その後の数年間、ヘンネはイタリアやイギリスのライダーと交互に新記録を出し続けました。

■1930年代

1935年:最初の油圧式テレスコピックフォーク

R 12とR 17により、BMWは既存のリーフスプリングフォークを油圧制動式テレスコピックホイールに置き換えた世界で最初のモーターサイクルメーカーとなります。この原理は今日に至るまで、ほとんどすべてのモーターサイクルに採用していますが、レースにおいては以前から成功を収めてきました。革新的な技術はオフロード競技会、マウンテンレースやサーキットレース、そして特にエルンスト・ヘンネが世界記録を樹立した走行など、過酷なテストに合格していきます。

1936-37年:エンジニア、シュライヒャーによる革新

BMW R 5は、ルドルフ・シュライヒャーによる全く新しい設計です。24馬力、500cc、そして軽量であることから当時、スポーティーを極めたモーターサイクルのひとつでした。BMW R 5のエンジンは、トンネル状のハウジング、2つのカムシャフト、シームレスに引き伸ばして電気溶接した円錐型オーバルチューブからなるチューブフレームなどで構成。そして、その当時まで一般的に用いられてきたステッププレートの代わりに、テレスコピックフォークとフットレストでダンピングを調節することができました。

1937年:伝説的なスピード記録

フランクフルトからダルムシュタットまでの高速道路で、エルンスト・ヘンネは当時、500cc、最高出力108馬力のコンプレッサーモデルで世界新記録に挑戦。このモーターサイクルは完全にフェアリングで覆われ、エアロダイナミックの考えを取り込んでおりました。結果は息を飲むもので279.5km/hphという驚異的な速度を叩き出し、エルンスト・ヘンネは二輪車で最速の男になったのです。この1937年11月28日に樹立された世界記録は、その後14年間破られていません。

1938年:頑強な男、ショルシュ・マイヤー

マイヤーは65馬力のBMWコンプレッサーモデルで、ヨーロッパのレーストラックで一大騒動を巻き起こしました。結果を見れば一目瞭然。彼の最初のシーズンであった1938年、BMWファクトリーライダーのゲオルグ・マイヤーがヨーロッパ選手権で優勝。1939年、ゲオルグ・ “ショルシュ”・マイヤーは、当時の新しい週刊誌に「頑強なマイヤー」として紹介され、海外の新聞の見出しにはさらに大きく取り上げられました。なぜなら、マン島で開催される伝説的なレース「シニアツーリストトロフィー」をイギリス人以外で、しかも外国製のモーターサイクルに乗って勝ち取った最初のライダーになったからです。BMWに特別な勝利をもたらしました。

■1940年代

1948-50年:パイオニア精神は続く

すべてのモーターサイクル生産施設および設計資料は、1940年初頭に勃発した戦争が原因でアイゼナハに移しましたが、ミュンヘンに拠点を置くBMWにとっては手の届かないものとなってしまいました。ミュンヘン、ベルリン、そしてアイゼナハにおける生産施設の解体は、戦後のBMWにとって終わりを意味するように思えたのです。1948年末にモーターサイクル生産が再開されるまで、米軍のための補修作業や様々な日用品を製造することで、BMWは企業を継続してきました。

1948年:R 24とともに新しい出発

戦前のマシンを礎に、BMWの戦後最初のモーターサイクルがミュンヘンで誕生。新しい出発には困難がつきものでしたが、他社から借りた機械加工ツールがいくらかの手助けにはなりました。そして、まずは連合国から許可を得ることが必要でしたが、当初は250cc未満の単気筒エンジンモーターサイクルの製造しか許可されませんでした。設計プランはその年の夏までに用意できていましたが、最初のBMW R 24が1948年のクリスマス直前までに納品されることはありません。翌年、12馬力のバイクを1万台程度製造し、その翌年、さらに製造台数は17,000台に増加しました。

BMW R 24:247ccm、12馬力

先行モデルであるR 23のシャシ-は、遠心力を利用して制御するイグニションタイミングに合わせ、近代化した単気筒エンジンを搭載しています。ラチェットペダルシフト付4速ギアボックスも新しい特長でした。そしてR 24の登場で、BMWの返り咲きは高く評価されることとなります。その最初の購買客のなかには、ドイツ大統領テオドール・ホイスの護送隊も含まれていました。

■1950年代

BMW R 25/3

戦後ドイツの奇跡的な高度経済成長は、自動車産業の成長をもたらし、BMWの売上は急激に増加。R 25/3は47,000台を売上げ、最大の生産量を持つBMWモデルとなり、1954年モーターサイクルブームのピーク時に、BMWは約30,000台を売上げました。

1951年:R 68 - 100マイルレース用バイク

R 68はBMWの開発した最高のスポーツバイクです。標準最高速度160km/hを誇るBMW R 68は、1950年代最高のモデルと評価されました。BMWは国際自転車/モーターサイクルショーで、100マイルレース用モデルR 68を発表するとともに、国際的なモーターサイクル生産においてもトップクラスに返り咲いたことを示しました。

1954年:レースへの参加

1954年、バーティカルシャフトで駆動する伝説的なBMW RSモデルがレースのために小規模で生産。このモデルの速度は200km/hで、国内および海外のレーストラックにおいて、プライベートライダーを多くの優勝に導きました。三輪モデルもまた、スポーツ界において名誉を受けています。1954年、BMWはモーターサイクル/サイドカーのための世界選手権で優勝し始めました。1974年までに19回のライダー世界選手権タイトルを勝ち取り、1955年から1974年の間にはすべてのブランドが競い合った世界選手権でもBMWが優勝しました。

■1960年代

世界中に広がるBMWモーターサイクル

1960年代、BMWが大きな信頼を置いていたのは、1955年に発表された安定感のあるスイングアーム付きのシャーシで、車両およびサイドカーの両方において走行安定性の新しい基準となりました。1969年、2つのスポーツモデル、R 50 SとR 69 Sを発表し、モデルのラインアップを拡大。後者のモデルは最高速度175km/hというドイツで生産されるモーターサイクルの中では最速を誇り、BMWは世界的にもトップクラスの仲間入りを果たしました。BMWのモーターサイクルはヨーロッパの道路を走るだけではなく、アメリカの高速道路も征服。1960年代に生産されたマシンの多くは、アメリカだけでなくほかの大陸でも販売を開始。BMWモーターサイクルは、さまざまな国の道路でよく見られるようになりました。

1969年:ミュンヘンからベルリンへの移転

ベルリンのシュパンダウでは、1945年まで航空機エンジンを製造し、その後は機械加工施設を整備。ここがBMWモーターサイクルの新しい拠点となり、ベルリンの空気がタイヤに吹き込まれることとなりました。新しいモーターサイクルブームに乗り、BMWは全く新しく開発したシリーズを/5モデルとして製造開始。世の中ではモーターサイクルの見方が変わり、購買層はより娯楽志向となり、モーターサイクルは富裕層の趣味としてますます人気になりました。/5シリーズは、70年代初頭に現代のモーターサイクルに求められたすべての要求を満たしていました。

■1970年代

BMWモデルが新たな基準に

1970年代のモーターサイクル熱が高まるにつれ、BMWのモーターサイクル生産台数も再び急上昇。/5シリーズ以降、燃料タンクに青と白のプロペラを掲げたモデルは、大型化、高出力化、そして最速化が進みました。特に、この時期の2つのBMWモデルが、モーターサイクル史上のマイルストーンとなっています。まずは、1973-76年に生産された898cc、67馬力のR 90 Sです。

50年手付かずだった750ccmという排気量の限界を、BMWが初めて超えました。世界初の標準コックピットトリムと魅力的な特殊効果塗装仕上げによるスポーティな風貌のため、R 90 Sは当時も今もモーターサイクル製造におけるデザインアイコンと捉えられています。

R 100 RS:1976-84年、980cc、70馬力
R 100 RSは、BMWが製造しフルフェアリングを搭載した世界初のモーターサイクルです。このモデルの開発では、まず何よりも空気力学的な検討と強風や悪天候からライダーを守ることの2点に焦点が置かれました。そして、R 100 RSは1リットルの排気量を誇る初めてのBMWモーターサイクルです。このモデルにより、BMWはスポーティーなツーリングバイクというカテゴリーを確立。今日もなお、BMWはこのセグメントにおいて標準となっています。

1973年:BMW Motorradのアニバーサリーを祝って

1923年にBMWモーターサークルの歴史が始まってから50年、50万台目のマシンを生産。1950年代そして1960年代にかけての危機を勝利をもって耐え抜いたBMWは、この歴史を誇りに思います。取締役会長ボブ・ラッツはここで再び、モーターサイクル部門においてすばらしい数字を残すことができました。

BMWオフロード系

モーターサイクルの復活は、BMWのモータースポーツへの復活も意味します。ここへきてまた、BMWモーターサイクルはアスファルト以外の道でも競争を求め始めました。1979年、BMWはドイツのオフロード選手権で優勝。この勝利は、この先何年も続くラリーレースにおけるBMWの成功の始まりと言えます。

■1980年代

新たなセグメント:エンデューロ

BMWがオフロードレースに参戦した後、成功したオフロードマシンを改良し、1980年の夏に量産エンデューロバイクとしてBMW R 80 G/Sを発売。「G/S」の「G」は「Gelände(=オフロード)」を、「S」は「Strasse(=道)」を表し、BMWは、大型で快適なエンデューロバイクというセグメントを確立しました。この分野は、今日に至るまでモーターサイクル業界の主要なカテゴリーとなっています。世界初の片持ちスイングアーム(後輪が片側のみで支持されるBMWモノレバー)はセンセーションを巻き起こしました。

1981年:BMW R 80 G/Sの勝利

1980年代前半、BMWはボクサーを砂漠に送り出しました。ナビゲーション能力の高さから「アフリカ人」と呼ばれたフランス人ユーベル・オリオールを迎え、BMWは世界で最も過酷なラリーを制したのです。オリオールは1983年にも優勝。また、1984年と1985年には、ベルギー人ガストン・ライエもBMWに乗って優勝を果たしました。

1983年:Kシリーズの誕生

BMW開発エンジニアのジョゼフ・フリッツェンヴェンガーは、縦置きの直列エンジンを水平に搭載することを考えました。このアイデアから、1983年に量産型のKシリーズが誕生。人気の水平対向2気筒、ボクサーエンジンに新開発のKシリーズが加わりました。K 100シリーズの主な特長は4気筒に加え、モーターサイクルの量産では初となる電子制御式インジェクションです。

1987年~1988年:世界を驚かせたBMWの革新

1987年:R 100 GSでBMWパラレバーシステムを初めて公開。

1988年:1988年春、BMWは世界の他メーカーに先駆けて、モーターサイクル向けの電子油圧式アンチロックブレーキシステム(ABS)を発売しました。

1988年:力強いイメージのK1がIFMA '88で大きな注目を集めます。K1は、デジタルエンジンエレクトロニクスを搭載した世界初のモーターサイクルであり、前衛的なデザインも印象的でした。

■1990年代

1991年~1993年:アニバーサリーを迎えたBMW/新型フラットツイン「ボクサー」

1991年3月18日、100万台目のBMWモーターサイクルを生産。これを記念して、ベルリンの上院議員にK 75 RTを寄贈し、その後は赤十字募金のために使われました。1991年の春には環境キャンペーンの一環として、BMWはモーターサイクルメーカーとして世界で初めて、モーターサイクルにクローズドループ触媒コンバータを採用。その後も触媒コンバーターの標準採用を拡大しました。

1923年のR 23から70年後、1993年シーズンの冒頭にBMWはスポーツツアラーBMW R 1100 RSを発表。これは新たなボクサー世代の最初のモデルでした。1年後にはエンデューロモデルのBMW R 1100 GS、同年の秋にはR 850 1100 Rを発売し、翌シーズンにはツアラーのR 1100 RTが登場。これにより当時の4バルブボクサーモデルが出揃いました。ABS IIや新型ボクサー世代の導入に加え、BMWは、新しいブランド特有の革新的な前輪支持システムであるテレレバーも発表しています。

1993年:ファンデューロ F 650-ユーロバイク

1993年末、従来の2気筒フラットツイン「ボクサー」シリーズとKシリーズに加え、第3のシリーズとしてFシリーズが誕生。このシリーズで最初に登場したのはF 650でした。1966年以来の単気筒BMWモデルはヨーロッパ共同プロジェクトで、BMWが技術的なコンセプトおよび動的設計を担当し、共同パートナーのAprilia社が開発およびアッセンブリープロセスの管理を担当。BMW仕様に基づいて改良された650cc単気筒4バルブエンジンの組立は、オーストリアのエンジン専門会社であるロータックス社によりおこなわれました。1995年5月、BMWはメーカーとして初めて、現行の全モーターサイクルに触媒コンバータを標準装備。また、この機能について、該当モデルへの追加搭載もおこないました。

1996年:最後の2バルブボクサーが生産終了

クラシックボクサー世代の最後のモデルであるR 80 GS Basicが、シュパンダウのBMWモーターサイクル工場の生産ラインから離脱。1996年12月19日をもって、70年以上も続いたドイツモーターサイクル史の大きな章が終わりを告げました。最終的な結果として、BMWは1923年から世界中で685,850台のクラシックボクサーシリーズを販売。このうち、467,000台が1969年以降にシュパンダウ工場で組み立てられています。現在、同工場には1,690人の従業員が勤務し、最大400台/日のモーターサイクルを生産しています。

1997年~1998年:新モデル

1997年、BMW初のクルーザーとしてR 1200 Cが登場。R 1200 Cはアメリカンモデルを模倣するのではなく個性的なデザインを持ち、クルーザーというテーマに対するBMWの解釈を象徴していました。排気量は850cc。その後、アバンギャルドモデルおよびインディペンデントモデルを発表。130psを達成し、それまでドイツのモーターサイクルメーカーや輸入業者が自主的に制限していた100馬力の壁を打破。K 1200 RSは、スポーツライダーにとって夢のマシンとなりました。

1998年、極めてスポーティーなボクサーであるR 1100 Sが登場。厳密に言うと伝説的なR 90 Sの新型です。コア要素に絞り込みつつ、ツアラー性を備えているR 1100 Sは、一瞬でボクサーファンの心を捉えました。力強く、筋肉質であり、スポーツ志向のBMWファンにとって理想的なパートナーとなったのです。オプションのスポーツシャーシはレースへの野望を抱かせ、R 1100 Sのスポーツとしての能力はボクサーカップで証明。ラグジュアリーツアラーであるK 1200 LTも登場し、BMWはこのマシンをすべての基準として定義しました。ウインドトンネルで形成されたトリムは、実際の技術的な制御エレメントに調和。LTは最大限の快適性を備え、ABSを標準装置した優れたシャーシにより、378kgのラグジュアリーツアラーにおいて卓越した操作性を実現しています。

 

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